株式会社インターナレッジ・パートナーズ IKP税理士法人

類似公開会社比準(比較)法(マーケット・アプローチ①)

現在、こちらのアーカイブ情報は過去の情報となっております。取扱いにはくれぐれもご注意ください。

(平成23年11月30日現在)

3-1.マーケット・アプローチの全般的な考え方

 マーケット・アプローチ(market aproach)は、市場価格を基礎にして対象評価会社の株式の評価を行う方法です。第三者間取引が最も公正な価格であるという前提にたち、市場において実際に取引されている価額を用いるものです。ここでいう「市場」は、株式市場のように多くの参加者によって形成される市場だけでなく、相対取引によって売買されるような閉鎖的なケースも含めて考えます。株式市場のような公開市場の市場価格を基礎とするものに『市場株価法』『類似公開企業比準法』があり、非公開的市場の市場価格を基礎とするものに『類似取引法』『過去取引事例法』などがあります。

 通常、上場企業の株式評価では、ほとんどのケースで市場株価を考慮します(市場株価法の採用)。また、非上場企業であっても、当該評価対象会社に類似の上場企業を選定し、当該上場企業の株価(正確には各種指標の株価に対する倍率)を用いて、評価対象会社のマーケット上での取引価格を推定する方法を用いるケースがよく使われています(類似公開企業比準法の採用)。組織内再編や利害関係者内での第三者割当増資の際の株式評価以外ではあまり見られませんが、類似企業の取引実績や当該評価対象会社の過去の取引実績などを参考にして株式評価を実施する場合もあります(類似取引法、過去取引事例法の採用)。

 

 マーケット・アプローチの各評価方法を分類すると次のようになります。

方  法 内     容
類似公開企業比準(比較)法

上場(公開)している類似企業の株価(正確には各種指標の株価に対する倍率)を参照して、評価対象会社の株式評価を行う方法です。評価対象企業が非上場企業であるときにDCF法と合わせて頻繁に用いる方法で、マーケット・アプローチの代表的な評価方法です。もちろん、評価対象企業が上場企業であっても多用されます。

ただし、ベンチャー企業等で類のないビジネスモデルや商品・技術を有する企業の場合、類似企業の選定等が困難なケースもあります。また、株式市場の株価が全体として低迷している場合、経営陣が想定しているほどの高い株価が算定されないケースもあります。

市場株価法

評価対象企業が上場企業である場合に用いる方法です。採用する株価は、前日終値、終値1カ月平均値、終値3カ月平均値、終値6カ月平均値などがあり、評価目的に合わせて単一もしくは併用して評価額を求めます。

類似取引法

類似した取引を参照し、参照した取引における倍率等を用いて評価する方法です。欧米等ではM&A取引などで用いられますが、日本では詳細に公表されている取引実績がないため類似取引のデータベース化がすすんでおらず、評価実務ではあまり一般的に採用されていません。

ただし、TOB(公開買付)等により上場企業に対するM&AやMBOを実施する際のプレミアム率などが参考値として参照することができ、第三者評価機関の株式評価では参考にされない場合でも、経営陣における最終的な売買価格の決定では参照されていると考えられます。

過去取引事例法

評価対象企業の株式が過去に頻繁に売買されている場合、過去に取引された際の価格を参照する方法です。日本では、エンジェル投資家をはじめ個人投資家が非上場株式売買に参加することが少ないため、過去取引事例が蓄積されていない状況です。ただし、第三者割当増資などの発行株価の決定に際しては、直近の増資時における発行価額を参照するケースは多いと考えられます。

3-2-1.類似公開企業比準(比較)法

 類似公開企業比準(比較)法は、類似公開企業の株価と各種の財務指標を用いて様々な倍率を算定し、その倍率を用いて評価対象会社の株価を算定する方法です。評価対象会社が非上場企業の場合、市場価格はあまりません。このため、類似している公開企業の市場価格を参照することで、評価対象企業が市場価値というのを間接的に算定する技法になります。

 また、公開企業であっても、様々な要因のため適正な株価が市場で形成されていないと判断した場合には、他の公開類企業の株価を参照して適正な評価額を算定しようと類似公開企業法を用いるケースもあります。TOB価格を算定する場合の評価対象会社に対する評価報告書では、類似公開企業比較法が用いられていることがわかります。特に買収先企業が上場中小企業である場合、取引量も少ないため、市場株価の値動きが激しくなり(逆に反応しなさ過ぎて)、適正な株価と言えないケースが散見され、上場企業であっても類似企業比準法を用いて評価することがよく行われるのです。

 

 類似公開企業比準法は、次の順序で評価されます。

① 類似公開企業の選定

② 類似公開企業の財務諸表の調整

③ 類似公開企業の各種倍率の算定

④ 評価対象企業への倍率の適用

 

 以下、上記の内容について順次解説します。

3-2-2.類似公開企業比準法における類似公開企業の選定

 類似公開企業比準法によって評価を実施する場合、最初で、かつ、最も重要な作業が類似企業を選定することです。

 

(1) 第一次選定


 類似公開会社の選定では、事業の類似性や財務構成、成長率等の類似性などを参考にしながら、類似企業を決定していく必要があります。実務的には、プレ評価時に第一次選定として概ね7社から15社程度を選定します。検討すべき主な事項は次のとおりです。

項 目 内     容
商品・サービスの類似性

販売・提供している商品・サービスの類似性を判定します。いわゆる「ライバル企業」を類似公開企業として選定するのが一般的です。なお、類似の商品・サービスが存在しない場合には、ビジネスモデルが類似している公開企業を選定するケースもあります。キャッシュ・収益を生み出すビジネスが同一であったり、対象マーケットが同一であったりする場合、類似企業として選定します。

規模の類似性

大企業の場合、ブランド価値があることから高く評価されることがあります。このため、評価対象企業と類似公開企業との間の規模の類似性を考慮する必要があります。

成長性の類似性

企業の成長率の違いは企業評価に大きな影響を与えます。成長率が高く見込まれる企業の場合、時価総額が高く算出される可能性があります。成長率は、総資産規模、売上高成長率、各段階利益(売上総利益、営業利益、経常利益、当期純利益)の成長率が参照されます。

財務構成・資本構成の類似性

財務構成・資本構成は、企業評価に大きな影響を与えます。負債比率の極端に高い企業(例えば、LBOなどで実施した企業など)は、株主に大きな財務リスクを負わせる結果となり、リスク・プレミアムが通常の企業よりも高くなる可能性があります。このため、類似公開企業と評価対象企業の財務構成を比較することが重要です。

 

(2) 評価依頼主、評価対象企業の経営陣とのディスカッション


 類似公開企業を選定を行う場合には、株式市場における業種分類等のみを参考にするのではなく、評価依頼主や評価対象会社の経営陣とのディスカッションにより、ライバル企業等の情報を入手し、類似公開企業の第一次選定を行います。

 

(3) 第二次選定(最終選定)


 第一次選定で選定された類似公開企業から、上記のディスカション等も踏まえ、評価報告書作成時に第二次選定として5社程度に絞り込むみます。もちろん、評価目的やコスト等によって10社程度を類似公開企業として第二次選定企業に選ぶケースもありますし、3社程度に限定されるケースもあります。類似性の強弱によっても選定される社数は変化します。類似性の強い企業があれば少ない選定数で問題ありませんし、あまり強い類似性のある類似企業がなければ選定数は多くなります。

 なお、場合によっては、類似性もあまり強くない類似企業が1社しか選定できない場合があります。この場合には、データ数としてマーケット全体を反映したものとは言えなくなるため、類似公開企業比準法そのものの採用を断念するのが一般的です。

 

(4) 選定時の留意点


 類似企業の選定における実務的なポイントは、厳密性に追求し過ぎないことです。厳密に類似性を追求し過ぎると類似企業の選定数を確保できず、類似公開企業比準法を採用すること自体が不可能になります。このため、あまり類似しない項目(例えば、企業規模等)があったとしても、類似企業の選定対象とし、最終的には各種倍率を用いる際に重要性を付けて利用するという方法をもって解決していくことになります。

 

 特に、非上場企業のベンチャー企業経営陣は、自らの商品・サービスの独自性を強調するあまりに、類似公開企業の存在を否定することがしばしば行われます。株式市場が冷え込んでいる時期で、かつ、経営陣が想定していた程度の株価が算定されなかった場合に顕著です。こうしたケースであっても、「類似していない」という結論にするのではなく、類似公開企業比準法を採用した結果としての評価額であるものとして採用するのが一般的です。最終的な評価額(取引価格)は、DCF法や時価純資産法などを含めた折衷法として利用されるケースがほとんどです。また、株式評価額をベースにして様々な要因(定量的だけでなく定性的な要因)をも織り込んで決定されるものです。なので、類似公開企業比準法の算定結果だけに焦点をあてて、「類似企業がある・ない」の議論をする必要はありません。

3-2-3.類似公開企業比準法における類似公開企業の財務諸表の調整

 類似公開企業が選定されたら、次に類似公開企業の財務諸表の調整を行います。例えば、採用している会計方針が相違している場合、調整可能な範囲で調整を行います。この調整は入手できる情報によってのみ行えばよく、入手不可能な情報であれば調整する必要はありません。

 基本的には株式評価実施前(もしくは同時)に財務デューデリジェンスを実施するのが一般的であるため、この際に評価対象企業の会計方針などを把握しておく必要があります。こういったデューデリジェンスを実施できない場合には限定された情報のみを用いて調整を行います。

3-2-4.類似公開企業比準法における類似公開企業の各種倍率の算定

 類似公開企業の財務諸表の調整を行ったのち、類似公開企業の各種倍率の算定を行います。算定する各種倍率は以下のとおりです。

 なお、評価対象企業の評価を行う場合、これらの倍率をすべて用いる必要はありません。また、各種倍率の利用割合(ウェイト付け)もそれぞれの評価目的、コスト、類似公開企業の類似度合などによって決定します。

 

(1) EBIT倍率(EBIT Ratio: Earning Before Interest and Taxes)


 EBITとは、Earining Before Interest and Taxesの略で、支払利息・税引き前利益のことです。EBITは支払利息を除くことで財務構成に関係のない利益を算出し、また、税引き前とすることで企業の所在地国に関係のない収益力を求めようと考えられた指標です。EBITは非経常的な損益を排除した、経常的な収益力を算出するためのものであるため、経常損益項目に非経常的なものが含まられる場合は除きます。ただ、経常的か、非経常的かの判断は難しいため、場合によっては営業利益をEBITとみなすこともあります。また、EBIT倍率は事業価値をEBITで除して算定することから非事業用資産から得られる受取利息や有価証券の配当金(ただし投資有価証券を除く)をEBITから除外すること場合もあります。

 さて、EBITの何倍ぐらいで事業価値が評価されているのかを算出するのがEBIT倍率です。事業価値は、株式時価総額に有利子負債を足して、現預金や有価証券といった非事業用資産を差し引いて求めることができます。

 

 EBIT= (日本企業の場合は、)経常利益 + 支払利息(社債利息、手形割引料等も含む)

※外国企業の場合は、税引前当期純利益に支払利息(社債利息等も含む)を加算して求めます。

 

 事業価値= 株式時価総額 + 有利子負債 - 非事業用資産

※有利子負債を貸借対照表の負債合計、非事業用資産を現金及び現金同等物として簡便的に算定するケースもあります。

 

 EBIT倍率= 事業価値 / EBIT

 

 ここで求められたEBIT倍率を、評価対象企業のEBITに乗じることで、評価対象企業の事業価値を算定することができます。

 

(2) EBITDA倍率(EBITDA Ratio: Earning Before Interest, Taxes, Depriciation and Amortization Ratio)


 EBITDAとは、Earining Before Interest, Taxes, Depriciation and Amortizationの略で、支払利息・償却前・税引き前利益のことです。EBITDAは、EBITに減価償却費および無形資産等の償却費を加えることで算定します。財務数値は会計方針の違いによって影響を受けますが、特に償却方法の違い、償却期間の違いによってEBITは大きな相違を起こさせるため、このような会計方針の違いの影響を排除するためにEBITと合わせてEBITDAを用いることがあります。

 このEBITDAを用いて事業価値を割ったものがEBITDA倍率です。EBIT倍率と合わせてEBITDA倍率を求めるのが一般的です。

 

 EBITDA= EBIT + 償却費

※償却費は、キャッシュフロー計算書に計上されている減価償却費および無形資産等の償却費によって求めるのが一般的。

 

 EBITDA倍率= 事業価値 / EBITDA

 

 このEBITDA倍率を評価対象企業のEBITDAに乗じることで、評価対象企業の事業価値を算定することができます。

 

(3) 売上高倍率(PSR:Price Sales Raito)


 1株当たり売上高を用いて算定するのが売上高倍率です。一般的には株価を用いて算出しますが、資本構成を無視したい場合には事業価値を用いて売上高倍率を用いることもできます。

 

 売上高倍率= 株価(もしくは1株当たり事業価値)/1株当たり売上高

 

(4) 株価収益率(PER:Price Earning Ratio)


 株価収益率は、次の株価純資産倍率(PBR)と合わせて、株式投資の指標として多くの実務家が利用している指標です。

 

 株価収益率= 1株当たり株価/1株当たり当期純利益(EPS)

 

(5) 株価純資産倍率(PBR:Price Book-value Ratio)


  上記の株価収益率と合わせて、株式投資の指標として多くの実務家が利用している指標です。株式投資ではPBRは貸借対照表の純資産額(もしくは株主資本)を用いて計算するのが一般的ですが、類似公開企業比準法におけるPBRでは、時価純資産額を用いて倍率を算定することもあります。

 

 株価純資産倍率= 1株当たり株価/1株当たり純資産額(簿価or時価)

 

(6) その他の倍率


 その他にも財務データ以外の倍率を用いることもあります。例えば、Webサイトを運営する会社を評価する場合には、サイト利用者倍率などを用いる場合もあります。ただ、これらの財務データ以外の倍率は、補間的な役割として利用します。

3-2-5.類似公開企業比準方式における評価対象企業の倍率の適用

 上項のように算定された倍率を評価対象企業の各種財務数値に乗じて事業価値・株式価値を算定します。適用時には、以下の点に留意する必要があります。

 

(1) 倍率の適用における平均値・中央値など


 類似公開企業比準法では、選定された複数の類似公開企業の倍率を適用します。これらの複数算出された倍率をどのように適用するか決定する必要があります。例えば、5社の類似公開企業が選定されている場合、5社分の倍率が算出されます。これらの平均値を用いるのか、中央値を用いるのか、もしくは、最大値と最小値を異常値として除外しその残りの平均値を用いるのか(いわゆる「オリンピック評価方式」)、様々な統計的な手法が考えられます。どの方法が正しいというわけではなく、評価目的、類似性の強弱など、様々な要因を考慮して最も合理的な方法を選択することになります。

 

(2) 複数業種(セグメント)の事業を展開している場合


 評価対象企業が複数業種を展開する企業である場合、財務資料をそれぞれの各業種に分解することができるのであれば分解して、各業種の類似公開企業の倍率等を用いて合算することになります。一方で、複数業種を分解することが難しい場合には、セグメント情報等から売上高や営業利益等の財務数値を用いて、各業種で求められた倍率を加重平均を算出して単一の倍率を求め、これを用いて倍率計算することになります。

 

(3) 事業価値ベースと株式価値ベース


 EBIT倍率やEBITDA倍率は事業価値を用いて算出する倍率であり「事業価値ベースの倍率」と言えます。一方、PERやPBRは株価を用いて算出する倍率であり「株価ベースの倍率」と言えます。PERは1株あたり当期純利益を用いるため、非経常的ではない特別損益項目が含まれ異常な倍率が算出される可能性があります。このため、類似公開会社比準法では事業価値ベースを用いる方が理論的ともいえます。ただし、評価目的等によりPER等の株価ベースの倍率を用いた方が理論的である場合にはPERを倍率として用いることも認められます。

 

(4) 適用期間


 評価対象企業の算定期間と算出された倍率の会計期間が一致している必要があります。倍率はその期間のマーケット状況に影響を受け、好景気のときは高い倍率が算定され、不景気のときは低い倍率が算定されます。このため、会計期間(倍率の計算期間)が一致していないと、評価対象企業の適切なマーケット価格を算定できません。

 ただし、類似公開企業と会計期間が一致しないケースも考えられます。このため、類似性の強弱等も含めて類似企業として選定するかどうかを判断する必要があります。

前へ  次へ

現在、こちらのアーカイブ情報は過去の情報となっております。取扱いにはくれぐれもご注意ください。

お問い合わせ

PAGETOP