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今日は、日経朝刊19面に掲載されていた信託の話題から。
<2012年5月30日 日経朝刊19面 記事要約>
・家族の財産管理や承継に「家族信託」を活用する動きが静かに広がっている。主役は「資産は自宅と老後資金」という普通の世帯。
・「家族が将来もめないよう、財産設計を生前にきちんと済ませたい」。こんな願いをもつ家族が様々な承継の仕組みを利用し、設計に取り組む動きが広がっている。特に最近じわじわと利用者が増えているのが家族信託。信託銀行が関与しないケースも目につく。
・2007年から施行された改正信託法で多様な家族信託が可能になった。
・だが、家族信託の拡大を阻む要因もある。不動産信託については、信託銀行が「採算が合わない」として商品化していない。このため、自宅と金融商品をまとめて信託できず不便。
・また、現行法では弁護士や司法書士は営業として受託者としてなれない。
・信託銀行の商品開発だけでなく、担い手拡大のための制度改正が必要かもしれない。
<要約記事はここまで>
日本ではあまり馴染みのない信託制度(トラスト)。
今日は、いつもとちょっと違った内容で、信託制度について少し深堀しようと思います。
◆信託制度について
信託制度の最大の特徴は、①所有権の移転と②所有者と受益者の分離です。
【リソース】筆者作成。
上図のとおり、「委託者」は信託財産を「受託者」に移転し、受託者は移転された信託財産を管理・運用します。
この場合、信託財産の所有権は受託者に移り、法的な名義も受託者名義に変更されます。
受託者は、信託財産を管理・運用した結果、得られた果実と信託財産そのものを委託者ではなく、「受益者」に分配します。
受益者には、「信託受益権」と呼ばれるものが付与され、受益権を行使する形で信託果実と信託財産の分配を得ることができるのです。
信託制度の特徴をイメージしやすいように上図のような形で表現してますが、委託者と受益者が同一人物でもかまいません。
◆信託制度を活用することのメリット
信託制度は、所有者が移転されることで特徴的なメリットが2つあります。
1つ目が「真の所有者の秘匿性」です。
例えば、代表的なのが、マスタートラストを利用した株主の秘匿性です。
いわゆる、有価証券報告書の大株主の状況に出てくる「●●信託口」などです。
繰り返しになりますが、信託制度では所有権が委託者から受託者に移転します。
所有している株式を信託財産として受託者に信託した場合、その株式の所有者は受託者名義に変わります。
結果、真の所有者が委託者であったとしても、名義的な所有者は受託者となり、株主名簿に記載される株主は受託者となります。
このため、有価証券報告書における大株主の状況といった公的な書類においてでも真の所有者が開示されることはありません。
これは社会的にも問題になっているので、「メリット」と言えるかどうかは難しい議論ではありますが、現行制度上ではこれが多用されているのが実態です。
2つ目が「有利な資産運用」です。
信託財産の所有者が移転するため、結果として委託者よりも有利な資産運用が可能になるケースがあげられます。
例えば、個人の土地を信託銀行に信託した場合、名義は信託銀行となり、個人の委託者では信用力が足りず相手にしてくれないような大手業者が取引に応じてくれる可能性が出てきます。
また、例えば、個人では購入できないような世界の株式市場に、受託者である証券会社などはリーチすることができるため、結果として個人では運用できないような商品で運用される可能性も出てきます。
次に、所有者と受益者が分離されていることで、「柔軟な運用設計が可能」となるメリットがあります。
通常の法律関係では、その所有物から得られた果実は所有者に帰属します。
もちろん、所有物そのものについても所有者が得ることができます。
しかし、信託制度では所有権を持つ受託者でもなく、真の所有者である委託者でもない、「受益者」という第三者が所有物から得られる果実を獲得し、かつ、所有物そのものについても最終的には得ることができます。
それに、受益者は複数人でもかまいませんので、果実の分配方法を自由に設計することができます。
例えば、妻と子供を受益者に設定した場合、「妻には得られた利益の3分の2を配分し、子供には3分の1を配分する」といったことも可能になります。
また、信託財産そのものの分配も自由なので、例えば、「信託財産から得られた収益は子供に配分し、信託期間終了後の信託財産は妻に分配する」ということもできます。
◆商事信託と民事信託
信託の利用形態として、一般的に「民事信託」と「商事信託」に分類できます。
民事信託は、個人財産の管理を目的として信託設定された場合に用いられる言葉で、一方、商事信託はそれ以外の目的で用いられる言葉です。
信託制度そのものは、中世のイギリスにおいて教会から財産を没収されること(徴収されること)を逃れるために、財産を他人に移転したことから始まったと言われています(信託の発祥は諸説あり)。
このため、個人財産の管理を目的とする民事信託が中心的に展開されてきましたが、近年では信託制度のメリットを活用する形で金融制度に多く用いられるようになり、商事信託として信託制度が利用されるようになり、むしろ商事信託の方が日本ではメジャーなものとなっています。
商事信託の代表的なものは、投資信託であったり、退職給付信託などが挙げられます。
今回のテーマである「家族信託」は個人財産の管理・処分を目的として行われることから、民事信託の範疇となります。
◆民事信託の商品化の難しさと受託者制限
日経の記事にもあげられているように、受託者の担い手である信託銀行では、土地や家を含めた民事信託の商品設計が一般的に行われていません。
これは、土地や家といった不動産の管理コストが高くつくため信託報酬との採算が合わないからです。
金銭や有価証券は唯一無二のものではありませんが、家や土地といった不動産は、その場所のそれしかありませんので、金融商品に対する管理コストに比べて不動産の管理コストは高くつくといえます。
さらに、信託制度は信託設定の自由度があり個々人のニーズにこたえやすいというメリットがある半面、逆にそれを設定する受託者側からすると商品設計を行うのに手間と労力がかかります。
画一的な信託商品を設計しても信託制度のメリットを台無しにするだけでしょうし、逆にオーダーメイド型にすればその分の手間・コストは避けられず、信託報酬は高くなり需要が取り込めないというジレンマが生じてきます。
こうした状況の中で、信託報酬を安く設定できる受託者の存在が不可欠と言えます。
そこで、着目されているのが弁護士や司法書士といった専門家です。
信託銀行に比べれば規模が小さいので、信託報酬を十分に安く設定できる可能性が出てきます。
信託制度の肝は受託者です。
委託者から受託者へ財産が移転するため、受託者には相当の受託者責任と高度な管理能力が求められます。
受託者がずさんな資産管理を行えば、信託制度そのものが崩壊していまいます。
このため、現行の信託法では、信託報酬を得て信託の受託者になれるものを限定しています。
信託銀行もしくは信託会社で、信託会社は免許または登録が必要になります。
信託会社には、「管理型」と「運用型」の2種類があり、運用型の方がより厳しい登録要件が定められています。
2007年に80年ぶりの信託法の改正で、その大きな目玉の1つが信託会社制度の創設でした。
受託者の拡大を目的として行われたものでしたが、金融庁の公表した信託会社の監督指針における人的要件の部分が厳しく、また財産規制(純資産が5000万以上)も厳しいことから信託会社は思ったほど増加していません。
なお、管理型の信託会社の人的要件を抜粋すると以下のとおりです(監督指針5-2-4)。
(5)人的構成に照らした業務遂行能力の審査 申請者が法第10条第1項第5号に掲げる業務遂行能力に関する基準を満たしているか否かについては、業務方法書等の記載内容に照らして、以下の役員又は使用人の確保の状況により判断することとする。なお、これらはあくまでも例示であり、その行うべき体制整備等は申請者が行おうとする信託業務の規模、特性により異なることに留意し、申請者が以下の基準を満たしていない場合には、満たす必要がない合理的理由について聴取することとする。
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そもそも信託銀行しか信託業務を行ってこなかったのに、「信託業務に3年以上携わった経験を有する者」は労働者マーケットにほとんどいないことが想像され、信託会社の創設の意図はなんだったのか、、と当時は疑問に思ったものでした。
財産要件は最終的に委託者の信託財産を担保するためにある程度の財産的規模は確保したほうがよいかと思いますが、結果としては、それ相応の信託報酬をとらないと割に合わないことになってしまい、財産規制は民事信託の普及には弊害と言えるかもしれません。
こうした中で、受託者の担い手として、弁護士や司法書士などが挙げられることになるのです。いわゆる、専門家であれば、高度な人格と専門性を有することから、財産規制などをせずとも受託者責任を全うできると考えているのでしょう。
実際に、日経の例のような民事信託を普及させるのであれば、ローコストの受託者を拡大していく必要はあり、こうした法改正も必要かもしれませんね。
それでも、筆者個人の感想としては、日経の記事の当初設定である「資産は自宅と老後資金」という資産ポートフォリオで民事信託をどれほど活用できるのかは疑問なところです。
まったくニーズがないかといえばそういうことはないと思いますが、「自宅と老後資金」だけであれば後見制度や遺言制度などを上手に使って十分に目的が達成するような気もします。。
信託制度は柔軟性がある一方で複雑性が一挙に増します。
日経の例では娘の方が受託者となり、弁護士等が信託監督人となるケースを挙げていましたが、受託者責任は思っているほど軽いものではなく、相続時にあらぬ受託者責任を追求される可能性は十分にあります。
相続人が1人であるようなパターンであれば受託者になってもそれほど問題ないかもしれませんが、相続人が複数人いるケースでは受託者責任を十分に理解し、全うできる能力がなければ、かえって無用な争いを生じさせるだけのような気がします。
2007年の8信託法改正のときには、いろいろなところでセミナー講師として信託制度について解説してきましたが、意外と使い勝手が悪かったりして、民事信託が思ったより普及していかなかった思い出があります。。
信託制度を含めた選択肢を増やすことはいいことだと思いますが、利用者が信託制度を十分に理解し使いこなせることができるのか、また、「自宅と老後資金」という資産ポートフォリオでそこまで複雑な制度を利用するメリットがあるものなのか、もう少し検討してみる必要はあるかもしれませんね。
以 上
現在、こちらのアーカイブ情報は過去の情報となっております。取扱いにはくれぐれもご注意ください。