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昨日の日経朝刊の経済面に負債評価益の問題と取引が極端に少ない場合の証券化商品の時価評価、いわゆる「レベル3問題」について掲載されていたので、今日はその話題について紹介してみましょう。
<2011年11月6日 日経朝刊3面 「けいざい解読」より>
不完全な時価会計が、欧米金融機関の業績を分かりにくくしている。7~9月期決算で自社の信用力の低下に伴う利益を計上したのが一例。この釈然としない会計処理は「負債の評価益」と呼ばれる。格下げなどで価格が下落した発行済みの社債を買い戻すと仮定すれば、元本との差額が利益として認識できるという理屈だ。
<・・・中略・・・>
7~9月期決算で負債の評価益が問題点として急浮上したのは、企業の信用リスクの指標であるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の推移と関係がある。米金融機関のCDSはギリシャ危機が強まった8月から急上昇し始めた。CDSが上昇すると金融機関が発行する債券などの価格が下落するため、安値での買い戻しを前提とする負債評価益が出やすい。
米国で2007年から負債評価益の形状が認められた。資産の時価評価が広がってきたため、負債も同様に評価しないと均衡を欠くというわけだ。<・・・中略・・・>日本の会計ルールでは、負債評価益は認められていない。
今夏には、フランスの一部金融機関がギリシャ国債の値下がりに伴う損失を十分に計上していないことがわかり、株価が急落する場面もあった。実現可能性の低い負債評価益を計上する一方、明らかに値下がりしている資産の損失を隠すのは、時価会計の「いいとこ取り」だ。
リーマン・ショックの直後から、米欧の銀行は取引が極端に少なくて値段のつけようがない証券化商品について、「レベル3」という分類で独自の見積りで評価できるようになった。これも市場の不信を招く時価会計の一つとして批判されている。
そもそも時価会計は、企業の実態の変化を素早く市場に伝え、投資家の売買を通じて資本が正しく配分されるようにすることが目的だった。しかし、いいとこ取りの時価会計では、投資家の選択を惑わしかねない。
金融機関の資産と負債の正確な評価は、バーゼル3と呼ばれる新しい自己資本比率規制や、欧州勢を対象に議論されている資本増強の規模などにも影響してくる。金融システムの観点からも、現行の複雑な時価会計のあり方を再考する余地がある。
<記事はここまで>
この記事を読む感じだと、現行の時価会計を「複雑な時価会計のあり方を再考する余地がある」として、批判的にとらえているようですね。
◆金融負債に対する時価評価の考察
さて、時価会計は、会計の世界で古くて新しいテーマで、今でも解決しきれていない問題です。
1997年にIASC(国際会計基準委員会:International Accouting Standards Committee。IASBの前身)とCICA(カナダ勅許会計士協会:Canadian Institute of Chartered Accountants)による共同委員会のディスカッション・ペーパーで、「すべての金融資産及び金融負債はすべて公正価値で測定し、かつ、すべてを損益に計上すべし」という、いわゆる『全面公正価値会計』を提案しました。
このディスカッション・ペーパーはたくさんの批判を浴びて、皆さんのご承知のとおり、全面公正価値会計は結果として採用されず、最新のIFRS第9号「金融商品」においても、償却原価と公正価値が並列的な取扱いで、金融負債に関しても償却原価をベースとして一部について公正価値測定を認めているといった取扱いにしかすぎません。
米国会計基準においても、基本的には負債は債務金額か償却原価が採用されいて、一部の金融負債について公正価値測定が認められています(公正価値オプションの適用)。
金融負債の評価益の取り込みが批判的に取り扱われる理由は、「自社の信用力の低下」というネガティブ・インパクトが、「評価益」というポジティブ・インパクトして財務諸表上では表現されてしまうことへの直感的な違和感によるものと言われています。
しかし、理論的には、金融負債の評価損益の取り込みは、資産サイドで評価損益を取り込んでいるのに、それと合わせてポートフォリオ運用されている負債サイドが時価評価されないことの方が整合性の欠いた会計処理だと言わざるを得ないと考えられます。また、そもそも論として、金融資産は時価評価、金融負債は簿価評価という歪みによってもたらされたのがヘッジ会計の複雑性といえ、このヘッジ会計の緩和的な取扱いをもたらすのが金融負債の公正価値オプションです。それに、別の見方からすれば、その下落した価格で買い戻した場合に「債務償還益」という利益が計上されるのだから、その償還益部分を先取りしているに過ぎないのです。
記事にもなっている、JPMorgan Chase、Goldman Sachs Group、Morgan Stanleyの3社の第3四半期のサマリー・ペーパーは次のとおりです。
■JPMorgan Chaseの第3四半期ペーパー(PDF)
■Gldman Sachs Groupの第3四半期ペーパー(PDF)
■Morgan Stanleyの第3四半期ペーパー(PDF)
上記のレポートを見ると、以下のように記載されています。
■JPMorgan Chaseのレポートでは、投資銀行部門で税引前で$1.9billion(=19億ドル、約1,520億円)の債務評価調整(DVA: debit valuation adjustment)の利益を得ている。その理由は、自社のクレジット・スプレッドが拡大したことである。
■Goldman Sachs Groupのレポートでは、特にDVAについてコメントされていない。
■Morgan Stanleyのレポートでは、前年同期比においてDVAによって$731million(=7億ドル、約584億円)の債務評価損であったものが当期では$3.4billion(=34億ドル、約2,720億円)の評価益となっている。
また、JPMorgan ChaseのJamie Dimon CEOは、以下のようにレポートでコメントしています。
Jamie Dimon, Chairman and Chief Executive Officer, commented: “The Firm reported thirdquarter net income of $4.3 billion, representing a 13% return on tangible common equity1. It is notable that these results included several significant items(), including a $542 million pretax loss in Private Equity, $1.0 billion pretax of additional litigation expense in Corporate and a $1.9 billion pretax DVA gain. The DVA gain reflects an adjustment for the widening of the Firm’s credit spreads which could reverse in future periods and does not relate to the underlying operations of the company. All things considered, we believe the Firm’s returns were reasonable given the current environment.”
【リソース】JPMorgan ChaseのNews release, 2ページ目の第2パラグラフ。
Dimon CEOは、金融負債の公正価値測定による調整部分については、「the underlying operation」とは関係ないとコメントしてます(上記の下線部分)。
日経の記事では、「『会社の実態には無関係』と投資家にクギを刺していた」と表現されていましたが、個人的にはちょっと違和感を感じました(もしかしたら、このコメント部分を抜粋してこう表現したのではなく、記者の方が参加された記者会見等の結果でこういうコメントを言ったという表現になったのかもしれません)。
銀行業の場合、預貸業務を中心としたALM管理というのを行っています。その管理の一環でトレーディング勘定でALM管理を行うことがあり、そういった意味でバンキング勘定部分を「the underlying operation」と表現しているのではないかと思った次第です(このコメントの真意はわかりません)。
JPMorgan Chaseの場合、第3Q全体のNet Revenueからすると、投資銀行部門は約26%を占め、投資銀行部門におけるポートフォリオの中の自社の仕組債やデリバティブ負債のエクスポージャー部分が損益に与える影響について「会社の実態には無関係だ」とは言えないと個人的に思います。
なので、CEOは負債の評価益が「会社の実態とは無関係」とまで表現したかったわけではないように思います。
また、日経の記事では、「『実現可能性の低い利益が計上されるようになると、財務諸表の信頼性はむしろ下がる』といった懸念を、世界の主要な資産運用課は常に抱いていた」と紹介してますが、何をもって「実現可能性の低い利益」と考えているのかちょっと疑問です。自社の仕組債やデリバティブについてマーケット上で投資銀行部門が購入してはいけないという規制が存在するのであれば「実現可能性が低い」と言えますが、そうでないとしたら、実際にその仕組債やデリバティブが流通されている実態からして「実現可能性が低い」と言えるのか不明です。
継続企業を前提として考えたときに、適当な投資対象が見当たらず自社の負債をマーケットから購入して負債を消滅させる行為(ファイナンスの終了)は十分に考えられる経済活動だと思うので、その価格で買い取る「実現可能性」はあるのではないかと思ったりします。資本提携などして保有する株式の方がよほど実現可能性が低いような気がしますが、それでもその金融資産は公正価値評価です。
直感的には違和感があるかもしれませんが、負債の評価損益の取り込みは(資産サイドで時価会計を導入した以上は、)整合性のある会計処理と言えます。
なお、繰り返しになりますが、現状、金融負債の時価評価は、公正価値オプションで選択された部分に限定されています。すべての金融負債が時価評価されているわけではありませんのでご留意を。
◆レベル3の問題
さて、次の話題として取り上げられているのが、資産の公正価値測定における、いわゆる「レベル3」の取扱いについてです。記事にもあるように、レベル3に分類された金融資産は、マーケット価格を用いることなく企業が設定した仮定のもとで算定された価額を用いることになります。
これも日経の記事では批判的な感じで記載していますね~。
このレベル3の取扱いは、「マーケットは完全ではない」という立場にたっているものです。というよりも、そもそも「マーケット価格が適正である」とする論拠は、経済合理的な市場参加者が多数参加することで適正な価格水準に調整される、いわゆる市場調整機能が働くからこそ、その「マーケット価格は適正である」と考えています。
なので、極端に参加者が少ないようなマーケットでは十分な市場調節機能が働かず、その価格をもって「適正である」とは言えないから、このような状況であれば、『別の仮定=自社の設定する仮定』で評価された価格を適正と考えているのです。
このため、レベル3に対する批判としては、どちらかというと評価技法や見積りに対して批判すべきであり、レベル3の取扱いは会計理論的にはそれほど間違った考え方ではないと個人的に思います。
日経の記事では、このレベル3の記事の前段落で最初の部分でも紹介しているように、フランスの金融機関を例に次のように記載しています。
「今夏には、フランスの一部金融機関がギリシャ国債の値下がりに伴う損失を十分に計上していないことがわかり、株価が急落する場面もあった。実現可能性の低い負債評価益を計上する一方、明らかに値下がりしている資産の損失を隠すのは、時価会計の『いいとこ取り』だ。」
これは時価会計の論点と合わせて話すことではないと思います。時価会計であれば「明らかに値下がりしている資産の損失」は損益に取り込まないといけませんし、本当に「明らかな値下がり」なのに損益に取り込んでいないのであれば、それは粉飾でしょう。
また、このギリシャ国債をレベル3として取り扱った結果として損失が取り込めていなければ(そうなのかどうかは知りませんが、)、それは時価評価の問題ではなく、採用した評価技法(テクニック)の問題であって、これをもって時価評価を批判するのはナンセンスです。
投資家サイドから会計をみると、どうしても「損失は多く、利益は少なく」という方向に行きがちです。また、損益のブレが大きい事項であれば、それだけ批判的になりやすいように思えます。また、「難しい会計基準、理解できない会計基準は意味がない」という論調になりやすいですね。
しかし、事実として、そういった評価損益が発生するポートフォリオを保有しているのは経営者の経営判断に他なりません。記事でも紹介されているように、本業の姿を見えにくくしたくなければ、ゴールドマンサックスのような取り組みをすればよいのだと思います。
「本業と無関係の損益が出るから会計基準がおかしい」というのは変な話で、「経営者が本業と無関係な行為をし、かつ、それが本業にも大きな影響を与えてしまうほどの結果をもたらしている経営者としての責任」をまさに会計が財務諸表を通じて表現しているに過ぎないのかなと思います。
それに、金融機関が行っている業務そのものが複雑すぎて一般の投資家の人たちは理解できない領域にきてしまっています。何をやっているのか理解できないのに、それをカバーする会計基準について理解することなんぞできるわけもなく、会計基準が難しいとか複雑だといった議論はナンセンスです。
ただ、間違いなく言えるのは、以下の点でしょう。
■業務内容の高度化・複雑化に合わせて会計基準そのものは高度化・複雑化していく。
■様々な文化・政治を抱えた各国の企業が同一の会計基準を用いる方向になること。
■このため、より理論的で、より整合性が求められた会計基準となること。
■基準でカバーしきれいない部分についてのマネジメント・ジャッジが増加すること。
■経営者の感覚と合わない結果の財務諸表となる可能性が高く、リスク・ヘッジを含めて本業への集中度が高まること。
IFRSへのコンバージェンスやアドプションなど話題となっていますが、経済大国である日本も新たな会計の領域に踏み込んでいくのも遠くない将来でしょう。
以上
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